ドイツのど真ん中!

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ナチスの話

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2012年に胃癌で亡くなったドイツ人の親友、ラインハルト・ブルコフスキーが今から15年以上も前に「実は、このドゥーダーシュタットにもナチス強制収容所(KZ: Konzentrationslager)があったんだぞ!」と私に教えてくれました。

ナチス強制収容所といえば、アウシュヴィッツダッハウ、ブーヘンヴァルトなどが知られています。私自身も以前「アンネの日記」のアンネ・フランクと姉が亡くなった、ハノーファーの北にあるベルゲン・ベルゼン強制収容所跡を訪れたことがあります。多くのユダヤ人を死に追いやった残虐非道なナチス強制収容所がドイツのど真ん中にある人口2万人余りののどかな町ドゥーダーシュタット(Duderstadt)にも存在していたとは、それまで誰も教えてくれませんでした。もとより強制収容所があったなんて話は胸を張って話せる話題でもなかったのでしょう。その話を唯一してくれたのがラインハルトでした。しかしラインハルトの胃癌は進行し、血を吐いて倒れて長期の入院し、ドゥーダーシュタットの強制収容所の話をする機会はなくなってしまい、どこに強制収容所があったのかは分からずじまいとなってしまいました。

生前、ラインハルトの夢は小説を出版することで、旧市街のカフェや酒場に旧式のタイプライターを抱えてきては、具合が悪いにも関わらずビールやシュナプスを飲みながら執筆をしていたものです。それからしばらくして私は彼から読んでほしいとA4で100枚ほどの原稿を手渡されたのです。それは、彼の祖父について書いた小説でした。

彼のブルコフスキーという姓はドイツ人の名前というよりも典型的なスラブ系のもので、実のところ彼の先祖はダンツィヒ(現在のポーランドグダニスク)辺りに住んでいました。彼の祖父はナチスの党員で、地域を監督するガウライターの地位にも就いていたのだとラインハルトは話してくれました。だからと言って、祖父は決して残忍な人物ではなかったのだとも彼は言いました。

私には、ドイツ人の友だちや知り合いがけっこういるのですが、自分の親や祖父母がナチだったという話を自らしてくれたのは、やはりラインハルトが唯一でした。肉親や血縁者がナチスだったという話は、ドイツ人にとって胸の内にしまっておきたい恥ずべきことなのでしょうね。同じ敗戦国の人間ということなのかもしれませんが、ラインハルトが私という人間を信頼して話してくれたことに今更ながら感謝したくなります。

インターネットであれこれ調べてドゥーダーシュタットにあったナチス強制収容所だった場所がだいたい分かりました。近いうちにその場所に行ってみようと思います。

追記:昨年(2018年)冬のドイツの旅では、ゲッティンゲンの北西にあるモーリンゲン(Moringen)という町の強制収容所記念施設を訪ねました。

そして親友のラインハルトですが、亡くなる前に自費出版のような形で「EINMAL PERSIEN UND ZURÜCK」という小説を発表しました。その小説は、ナチスのガウライターだった祖父の物語ではなく、若かった時分のラインハルト自身のイランへの旅行記のようなものです。いずれにしろ、彼は亡くなる前に小説を書き上げて出版し、自分の夢を実現したわけです。彼から手渡された祖父についての原稿ですが、今、私の実家にあります。いつか日本語に翻訳してラインハルトに代わって発表するのもいいかもしれませんね。